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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)3590号 判決 1966年6月29日

第三五九〇号事件原告・第四〇五八号事件被告 柳瀬ワイチ株式会社

第三五九〇号事件被告・第四〇五八号事件原告 沢谷ゴム工業株式会社

主文

昭和四〇年(ワ)第三五九〇号事件につき、原告柳瀬ワイチ株式会社が登録番号第五三六八〇四号の登録実用新案権について先使用による通常実施権を有することを確認する。

同年(ワ)第四〇五八号事件につき被告沢谷ゴム工業株式会社の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、昭和四〇年(ワ)第三五九〇号事件につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決、同年(ワ)第四〇五八号事件につき、「(一)原告は別紙<省略>第一目録ならびにその図面に記載のおしやぶりの製造販売拡布をしてはならない。(二)原告は東京朝日新聞、東京毎日新聞、読売新聞、大阪朝日新聞、大阪毎日新聞、産経新聞の各一面に、表題、氏名、宛名、実用新案の番号は二号活字、その他は三号活字をもつて、別紙第二目録記載の文言により、各一回づつ掲載しなければならない。(三)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決ならびに右(一)項につき仮執行の宣言を求めた。

第二、原告訴訟代理人は、請求原因ならびに答弁として次の如く述べた。

一、原告は明治四三年創業以来哺乳器および医療ゴム製品の製造販売を業とし、輸出、国内販売をなしている。

二、被告は昭和三六年八月三一日、訴外永原静太郎から登録第五三六八〇四号の実用新案権「おしやぶり」(以下本件実用新案という)を譲り受け、同年一〇月九日その登録を得たが、昭和四〇年七月一七日付書面をもつて、右実用新案に基づいて原告に対し原告が製造販売している別紙一の図面ならびに説明書記載の「おしやぶり」(以下(イ)号製品という)につき製造販売の中止を申し入れて来た。

三、本件実用新案は右訴外人が昭和三四年二月二七日出願し昭和三五年九月二四日公告を経て、昭和三六年五月二六日登録されたものであるが、その考案の内容は(イ)号製品と全く同一である。

四、しかし、原告は、つぎのとおり、本件実用新案出願前からその考案と全く同一である(イ)号製品を製作させ譲渡していたものである。

1、本件実用新案にかかる「おしやぶり」と同一の英国製品が海外より屡々在日貿易業者に送付され、日本における右製品の製造の可否ならびに価格の照会が度々あつていた。

2、原告は昭和三三年五月、香港のTRATMANN&CO.LTDから右製品の見本を受取り、日本製品の見本と価格の提示を求められた。よつて、原告は他に同製品を製造させ、右会社に対し昭和三三年六月二八日価格表を送付し、同年八月三〇日同社から価格その他の交渉の返信を受けた。

3、原告は同年一二月三〇日(イ)号製品二一ダースを琉球薬品株式会社へ他製品と共に輸出した。

4、原告は(イ)号製品の製造を訴外株式会社三和工業所に発註し、同年一〇月三〇日に一二箇、同年一一月に二一九箇、一二月に六、六二四箇の納品を受けた。

5、原告は(イ)号製品の「つぎて」(乳首の本件とゴム輪とを繋留する合成樹脂製の小部品)の製造は訴外サンプラスチツク株式会社に対し五五〇箇発註し、昭和三三年一一月一日、その納品を受け、量産体勢を完備した。

6、原告は昭和三三年七月から同年一二月に至る間大阪、神戸における各輸出業者に(イ)号製品の見積書を配布している。

三、原告は右考案につき原告会社代表者である柳瀬正三郎名義で、昭和三四年三月四日実用新案の出願(案願昭三四-一二五一七)をしたところ、原告会社のもと使用人である訴外永原静太郎が前記の通り、僅か五日前である同年二月二七日出願していたので、旧実用新案法第四条により登録を拒絶せられた。

四、しかしながら原告は前記のとおり、本件実用新案の出願の際、考案の内容を知らないで、現に日本国においてその考案の実施である事業をなしていたのであるから、本件実用新案について先使用による通常実施権を有する。しかるに、被告はこれを争うのでその確認を求めるため本訴請求に及んだ。

第三、被告訴訟代理人は、答弁ならびに請求原因として次の如く述べた。

一、原告主張の請求原因たる事実中、原告が主張の営業を営む会社であること、被告が原告の主張の各日に、訴外永原静太郎から本件実用新案権を譲受けてその旨の登録を得、原告に対し同人主張のとおりイ号製品につき製造販売の中止を申し入れたこと、本件実用新案は原告主張のとおり出願、公告を経て登録せられたものであることは認めるが、原告が本件実用新案の出願の際、考案の内容を知らないで現に日本国において、その考案の実施である事業をしていたとの事実ならびにその他の原告主張事実は争う。

二、原告が実用新案法二六条により準用される特許法七九条の先使用による通常実施権取得の要件を備えていないことは次の点から明らかである。

1、原告は昭和三三年頃イギリスから輸入された乳首自体とリングを三和工業所に、「つぎて」をサンプラスチツク株式会社に見本として見せてこれと同一のものを造らせたと主張しているが、右主張によれば原告は他工場にイギリス製品の模造をさせていたというに過ぎず、原告自ら考案をなしてその実施をしていたもの又はその事業の準備をしていたということはできない。

2  原告が実際に主張の如く事業の実施をしていたならば、原告が握り環乳首と称して昭和三四年三月四日付特許庁に対しなした実用新案の出願(昭三四-一二五一七)が本件実用新案と類似であることを理由に登録を拒絶せられたのであるから、その際当然本件実用新案につき異議の申立てをすべきであるにかかわらずそのまま放置した。これは原告が当時主張のような乳首を製造していなかつた証拠である。

三、被告は本件実用新案権に基づきおしやぶりの製造販売をなし、主として海外向けでその大部分はアメリカに輸出している。ところが被告のアメリカにおける一手販売先から、本件実用新案権を侵害した粗悪品が流れているので甚だ迷惑だ、今後このような模造品がアメリカに流れるようなことがあれば取引を中止すると言つて来たので、被告は驚いて調査したところ、右粗悪品は原告が製造販売しているものであることが判明した。そこで被告は早速原告に対し昭和四〇年七月一七日付書面によりその中止方を申し入れたのに、原告は先使用権ありとして依然として(イ)号製品の販売を続けているので被告はこれがため信用名誉を毀損され多大の損害を蒙り又将来も引続き有形無形の損害を蒙るおそれがある。よつて、原告のイ号製品の製造販売拡布の差止めを求めると共に被告の信用名誉の回復のため別紙第二目録記載の文言により請求の趣旨記載の謝罪広告を求めるため本訴に及んだ。

第三、当事者双方の証拠関係<省略>

理由

第一、被告が昭和三六年八月三一日永原静太郎より本件実用新案権を譲り受け、同年一〇月九日その旨の登録を終えた権利者であること、本件実用新案は、昭和三四年二月二七日出願、同三五年九月二四日出願公告、同三六年五月二六日登録されたもので、その登録請求範囲には「図面に示す如くゴム製吸引用頭部1の基部嵌合孔周辺には同じくゴム製鍔縁2を突設し、嵌合孔に嵌入したる割型栓体3はやや軟質の合成樹脂製にして、一端には嵌挿孔4を横設し、他端嵌入部5より該孔4に至る迄二つ割りし、嵌挿孔4にはゴム製リング6を嵌挿してなるおしやぶりの構造」と記載されていること原告が現に製造販売している(イ)号製品が本件実用新案の考案内容と同一であることについては当事者間に争いがない。

第二、原告が本件実用新案権につき、先使用による通常実施権を有するとの原告の主張について。

一、本件実用新案は大正一〇年法律第九七号の旧実用新案法の施行中であつた昭和三四年二月二七日に登録出願されたが、その公告および登録は昭和三四年法律第一二一号の現行(新)実用新案法施行(昭和三五年四月一日)以後になされたものである。そこで、この場合、登録実用新案について先使用による実施権を有するかどうかの問題は新旧いずれの法律によつて決定すべきかを考える。

おもうに、実用新案法において、先使用者に対し一定の保護を与えたのは、登録実用新案権者に与えられる排他的独占実施権をその出願の際現に正当に考案の内容の実施の事業をしているもの(あるいはその事業の準備をしているもの)にまで及ばしめるのは公平を失するという趣旨に出るものと解する。そして先使用者の法律上の地位について、旧法七条は実施権を有する旨、新法第二六条により準用される新特許法七九条は通常実施権を有する旨規定しているが、それはいずれも出願人の実用新案権が登録により発生すると同時に、先使用者は何等の手続を要せずして当然右実施権を取得する法意であることが明らかである。しかしながら、それは、出願人について実用新案権が発生する際に、これに基づき実施権という権利が新たに賦与せられるとの趣旨ではなくして、登録実用新案権者との関係で同人に発生する実用新案権に基づく排他的独占的実施権の効力を先使用者に及ばないものとするため、登録実用新案権者からの権利侵害の主張に対抗しうる権能が与えられるに過ぎないと解するのが最もこの制度の趣旨に合致する。ところで、旧法施行時になされた実用新案の出願が新法施行の際現に係属しているものについて、実用新案法施行法二一条は登録要件等の査定はなお従前の旧法の例による旨規定している。先使用の要件は実用新案の出願の登録要件とパラレルに考えて行くのが公平であり、本件の場合出願の登録要件について旧法による審査がなされる建前がとられる以上、先使用の要件も旧法により決定すべく、その要件が具備するときは、新法が先使用者に対し与えている効力が発生すると解するのが相当である。

そこで、原告が、本件実用新案の出願がなされた際、果して旧法七条所定の要件を備えていたかどうかを検討する。

二、証人西内朋一の証言によりその成立が認められる甲第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第一四号証、証人柳瀬繁三の証言により「つぎて」の部分を除いて英国製のおしやぶりであることが認められる検甲第一号証、証人吉田幸一の証言により「つぎて」の部分を除き株式会社三和工業所の製造したおしやぶりであることが認められる同第二号証、証人西内、同柳瀬の各証言を綜合すると、原告は昭和三三年五月頃香港にある大徳洋行有限公司より見本として英国製のおしやぶり(検甲第一号証中「つぎて」を除いた部分が右おしやぶりの一部であつて、これに英国バーミンガムにあるレウイス・ウオルフ社の商標グリツプタイトという表示が付されている)の送付を受け、これとその構造を同じくするおしやぶりが日本において製作可能であるかどうか、およびその価格についての照会を受けた。そこで原告は右注文に応じたおしやぶりを製作すべく、大和ゴム工業株式会社の担当技術者とともに、検甲第一号証およびかねて貿易業者より入手していた右と同じ構造の英国製おしやぶりを見本として研究し、本件実用新案と同一の内容を有するおしやぶりを考案してその試作品数箇を作り、同年六月二八日そのうち一箇(これは、甲第一四号証記載の製品中「一〇三二-B」なる表示の付されたおしやぶりにあたる)を見本として、価格表とともに大徳洋行有限公司に送付したこと、

前掲証人吉田の証言によりその成立が認められる甲第八号証の一ないし五、証人山内四郎の証言によりその成立が認められる同第九、第一〇号証の各一、二、前掲検甲第二号証、右証人山内の証言によりサンプラスチツクス株式会社が製作した「つぎて」であることが認められる同第三号証、前掲証人吉田、同山内、同柳瀬の各証言を綜合すると、大和ゴム工業株式会社がやがて倒産したので、原告は昭和三三年九月頃株式会社三和工業所に対し、英国製の前掲検甲第一号証と同じ構造のおしやぶりを見本として示し、おしやぶりのうち吸引用頭部、鍔縁とリングとの製造を発注し、同年一〇月三〇日一二箇、同年一一月一日七二箇、同月一五日三九箇、同月一八日一〇八箇、同年一二月一七日六六二四箇の右発注にかかる製品の納入を受けた、そして右吸引用頭部、鍔縁とリングとを繋留する「つぎて」の部分は、サンプラスチツクス株式会社にその見本を示して製作させ(検甲第三号証は右製作品の一つである)、同年一一月一日右「つぎて」五五〇箇の納入を受け、さらに同年一二月頃右「つぎて」製造用の金型を同会社に作らせて、爾来引続き現在に至るまで右金型により製造した「つぎて」の納入を受けている、原告は株式会社三和工業所に作らせた前記頭部、鍔縁とリングとを右「つぎて」で繋留して組み合わせて加工し、もつて本件実用新案と同じ構造のおしやぶり((イ)号製品)を製造し、他に販売していること、

前掲証人柳瀬の証言によりその成立が認められる甲第七号証の一ないし五、成立に争いのない同号証の六、前掲同第一四号証、同証人の証言を綜合すると、原告は昭和三三年一二月三〇日沖縄那覇市国際本通りにある疏球薬品株式会社に対し、本件実用新案と同じ構造のおしやぶり((イ)号製品であり、かつ甲第一四号証記載の製品中「一〇三二-B」なる表示の付されたおしやぶりにあたる)二三二箇を船積輸出していること、

以上の事実を認めることができ、証人萩原文雄、同沢谷斉の各証言中右認定に副わない部分は採用しない。

右認定事実ならびに証人柳瀬繁三の証言によると、本件実用新案の出願がなされた際、原告は現に善意に国内においてその実用新案実施の事業であるイ号製品の部品、鍔縁、リング、つぎての製造を株式会社三和工業所らの設備によつて行ない自ら右部品を組み合せておしやぶりの製造販売をしていたと認めるに足りる。

被告は、原告においてなした昭和三四年第一二五一七号の実用新案の出願が本件実用新案と類似であることを理由に登録を拒絶せられているのであるから、少くともその際本件実用新案が出願されていることを当然知り異議を申立てるべきであつたのにこれをしなかつたのは原告において当時原告主張のイ号製品の製造販売をしていなかつた証左であると主張するけれども、成立に争いない甲第一一号証の二ならびに証人柳瀬繁三の証言によると、原告は実願昭三四-一二五一七の実用新案の出願につき昭和三六年一月一二日付拒絶理由通知書を受けた際はじめて、本件実用新案の出願がなされている事実を知つたのであつて、そのときは本件実用新案の公告がなされた昭和三五年九月二四日より異議申立期間(公告の日より二月以内)を経過していたことが認められるので被告の主張はあたらない。

被告は、原告のイ号製品の製作は要するに英国製品の模造に過ぎず、なんら自ら考案したものではないから、先使用の要件を満たさないと主張するけれども、外国製品を見本としてこれと殆んど同一のものを造つたという事実だけで、直ちにその製作を不正であると断ずるのは早計であつて、原告の右製作が技術の盗用その他不正の意思にもとづくものであると認むべき反証がない限り原告の製造行為は善意であつたと推認するのほかない。

また、被告は、原告は自ら製造したものでなく、他工場にイギリス製品を模造させたに過ぎないから原告が考案の実施である事業をなし又はその準備をしている者ということはできないと主張するが、旧法にいう「実用新案実施の事業をなし」とは必ずしも自ら製作行為のすべてをなすを要せず、下請会社をしてその部品を製作させても差支えがないと解するのが相当であるから右被告の主張は採用することができない。

そうすると原告は本件実用新案の登録がなされると共にこれについて先使用による通常実施権を取得したものと認むべきである。

第三、ところが被告は、本件実用新案につき、原告が先使用による通常実施権を有することを争つているので、被告に対しこれが権利の確認を求める原告の本訴請求(前記第三五九〇号事件)は正当として認容すべきである。そして原告が現に(イ)号物件の製造・販売・拡布をしているのは、右通常実施権に基づく適法行為というべきであるから、これをもつて本件実用新案の侵害であることを前提とする被告の本訴請求(前記第四〇五八号事件)は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎 西内辰樹 佐藤貞二)

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